五海ゆうじ写真通信120

「事と始まり2」
写真集「自由の意思」です。
最後に登場するのは川仁宏。
この写真集を待っていたように川仁さんは逝った。
G-Modern24号にそのあたりの事を書いている。
少し長くなりますが転載します。
。。。。。。。。。
川仁宏 空と音
2004年1月1日発行G-modern24

2002年9月
P.S.Fの生悦住さんより川仁宏の「フラッシュバック」が届く。
暫くは机の上に置いたまま。

2002年10月
川仁宏の「フラッシュバック」を聴く。
感想―ただただ驚愕、人の持つ絶対的な孤独、凄まじい格闘…… 沈黙。
なんという音の集積なのだ、これは。

2002年10月
P.S.F.の生悦住さんに電話、進めていた写真集「自由の意思」に急遽、川仁さんを収録したい旨を伝え、取材のためのアポイントをとってもらう。

2002年10月21日
大塚にある川仁さん宅へ生悦住さんと一緒に向かう。
生悦住さん菓子でもと店を探すが、よい店がなく花を買って持参する。
川仁さんと初めて対面、
「何でも訊いてください」「言わば、私はアナーキストです」
この言葉から取材が始まる
途中、生悦住さんは用事のため退席、後は私一人での取材となる。

2002年11月2日
築地にある兎小屋で開催した音楽家達とのコラボレーション「地の記憶」に、
川仁さん、車椅子で奥さんを一緒に来場。

2002年11月
インタビュー記事のチェックをしてもらう。赤字での訂正あり。
しかし写真集への収録は間に合った。
川仁さんを収録することで、写真集の方向が明確になる。

2003年1月15日
写真集「自由の意思」完成

2003年1月19日
川仁さんより奥さんの代筆で「写真気に入ったよ」のメールが届く。

2003年2月5日
浦邉雅祥より電話で川仁さん逝去の連絡あり。
川仁さんのこと「フラッシュバック」のこと等を暫く話す。

2003年2月7日
朝、空を見上げた。空を見てやけに悲しく、どうしようもなくつらかった。

2003年2月10日
告別式に行く。
会場ではテープに録音された小杉武久が弾くバイオリンが流されていた。
その音はとてもよく、心に刻み込まれた。
棺の横に写真集「自由の意思」が置いてあった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。

川仁さんの遺骨はアランの手によってヨーロッパ(おそらくドイツ)の川に撒かれた

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2018/1/29
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五海ゆうじ写真通信119

「事と始まり」
2003年「自由の意思」という写真集を出版した。

その写真集の始まりといえばですね、
1992年、音楽が好きな仲間達と雑誌「G-Modern」を創刊した、その事です。
その中で連載を何本かやっていくんですが、
その一つに即興音楽家を主に
写真とインタビューで構成した「自由の意思」があった。
あったといおうか、そのページをつくったんですね。
インタビューは、他の人が何人か入れ代わり立ち代わりしていたんですが、
そのうち私が一人でといおうか、
いつの間にか写真もインタビューも私がやるようになっていった。
そして、これも何時の頃からか、メインの記事3本を私がやるようになっていた。
この雑誌、最終号は2010年の29号、
力尽きたといおうか、なんせ皆ボランティア、つまり無報酬でやっていた。
ただただ音楽が好きな人達が集まってです、
しかしです、終わった。
それは私自身が力尽きたといってもよいかもしれない。
この雑誌にはいろいろな人達音楽が好きな人達が関わり支えてきたんですね、
しかし創刊号から最終号まで残り、関わっていたのは、
私と生悦住さん二人だった。
創刊号表紙は灰野敬二、29号表紙は李剣鴻

困難な作業とは解っていた。
それは、その昔、間章の「モルグ」に少しだが参加しときから。。。

それで写真集「自由の意思」の話
まぁ、作りには作ったんですが、当然といえば当然、売れなかったんですね、
無謀承知でやったことではありますが。。。
その写真集、
最近思いもよらない人達から反響がきた。
それも私にとっては、こうなんと言おうか、
とても嬉しい感想だった。
一人は私の教室の受講生、一人は古くからの友人、
そうなんです、ほんとこの写真集出してよかったと、

生悦住さん、そうですよ。

この写真集、アマゾンで検索かけたら、
¥20,000で出している人がいた。

写真は「夢の足跡」2景色
門司港駅、元遊郭跡 2017.11.25
17,11,25門司港

渋谷駅工事現場2017.10.25
17,10,27渋谷工事現場

2018/1/18







五海ゆうじ写真通信118

「軌跡と写真」
石川真央の写真集「熱き日々inオキナワ・そこには愛があった」
本のタイトルは「熱き日々inオキナワ」、
「そこには愛があった」は帯についている言葉だ。
だけどです、その帯の言葉がこの写真集には、とても重要というか、
大切ではないかと思うんですね、
同じ帯に書かれている石川真央の言葉
「女たちはその街でノビノビ生きていた。明るくて、たくましくて、強い女たち。
1977年まで2年あまり、私はこの世界にどっぷり浸かって青春を謳歌した。
この時撮った写真は、私の原点だ」
この写真集を見ながら、私は崔洋一の映画「Aサインディ」を思い出していた。
崔監督とは、沖縄の写真を語る、で対談をしていたりして、
石川真央の話はときたまだが聞いていた。
彼女は写真を撮るため基地の黒人BARに勤め始め生活をともに始める。
そして写真を撮っていく。

先日TVで石川真央のドキュメントを見た。
それは写真展「大琉球写真絵巻」に集約していくドキュメントでもあったんですが、
こうなんですかね、歳をとって涙もろくなったせいもあったかもしれないんですが、
涙がとまらないシーンとかあったんですね。
それは沖縄の写真家石川真央が沖縄を撮る、
彼女は、どこに身を置き、何を見続け、何を撮ろうとしたのか、
それがです、痛いほど伝わってくる、それでです。。。
写真と写真家の軌跡、
そんな事を考えさせられた写真集とドキュメントでもありました。

でです、1977頃私は何をやっていたかというと、
日本の即興音楽家達を撮っていた、
金にもならない作業だったが、人を撮るのがおもしろく、
彼らを撮っていた。
そして1978年
デレク・ベィリー来日、阿部薫の死、間章の死、に直面する。


イタリア南部の建築トウルッリ2景
16_1_155_DSC3384Alberobello_00001.jpg

700.jpg

2017/12/10




五海ゆうじ写真通信117

「写真集と受講生」
フォトアドバイスの事は、この写真通信で何回か書いていますが、
今年です、無謀といおうか、冒険といおうか、夢の実現といおうか、
私達フォトアドバイスは「出版プロジェクト」を立ち上げたんですね、
フォトアドバイスはWEBでの実践講座とphotodaysというSNSを基本にして、
発展といおうか、停滞といおうか、まぁ、やっています。
WEBでの展開でありますから、
全国に受講生の方がいらっしゃいます。
それもかなりの数です
(私講師でありますから性格な数は把握しておりませんが)
ただ私の花講座だけでも受けた方は1,200名は越えている。
ありがたいことです。
フォトアドバイスを立ち上げてから6年が経っています。
その間、紆余曲折とか、当然ですがいろいろとありました。
しかしです、その6年でこれは確かです、
素晴らしい写真を撮り始めた人たちが出てきたんですね、
その人たちの写真をなんとしても掬い上げたい、
まぁ、その熱意でです、私達はプロジェクトを開始した。
そして、一回目は、とりあえず講師の写真でということで、
といおうか、まだ受講生の写真の準備ができていなかった、
というのもあります。
そしていよいよです、受講生の写真集を出版します。
発売日は11月27日です
http://photo-store.jp/shopdetail/000000000045/

出版という未知の世界に漕ぎ出した、ということもあってですね、
まだ本屋とかには並べる事はできないんで、
とりあえずはフォトアドバイスのみでの販売です。

フォトアドバイスは受講生の力を支えに、
ここまで来ることができたんです。

写真は2018年1月から始まる実践講座「街角スナップ」から
鶴見線国道駅2景
_041IMG_0042国道駅_00001

_066IMG_0067国道駅_00001




五海ゆうじ写真通信116

「川田喜久治とモノクロ写真」

川田喜久治の写真集を手にいれた。
「遠い場所の記憶・1951-1966」
凄まじいといっていいだろう、
写真の力が伝わってくる。

彼の写真集「地図」がとても手に入らない状況、
月曜社から出た再販もプレミアがつきかなりの高額になっていたんですね、
そんな私には嬉しい届けものだった。

この写真集には192枚の写真が収められている。
一つテーマに絞って撮った訳でもない写真群、
しかしですよ、この写真群の中には、確かなテーマが通底している。
それは川田喜久治が持っている視点といっていい、
川田喜久治が見ようとしたもの、見たもの、
一人の写真家として、俺にとって世界はこう見えるんだ、
それが、彼がカメラごしに見た風景、つまり写真なんですが、
被写体の中からヒシヒシと伝わってくる。
一枚の写真の中に収められた人の顔、営み、人が作る風景、
そうなのだ、
ここに写されている風景はどこにでもある風景、
あるいは、あった風景なのだ。
人が見落とす風景(物)を決して感情移入することなく、
丹念に拾い上げ撮っていく、
単純な事実としての風景、
そしてその単純な風景が
一人の写真家によって変貌し、
一枚の写真として私の前に立ち現れてくる。
撮る人と被写体の関係、
それは熾烈といっていいかもしれない、
カメラを持った写真家として、被写体との格闘、
これは暗室作業も含むんですが、
それが川田喜久治の一枚のモノクロ写真の中に閉じ込められいる。

この写真集は改めて写真というものについて気付かさせてくれた。
それは写真の面白さと写真を撮る事の多様性、
そして撮る情熱なんですね。

ローマ2景

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_016IMG_0016roma_ets.jpg

2017/10/13


プロフィール

iikonodon

Author:iikonodon
広告写真を撮りながら、花と植物、街と人、の写真を撮る作業を続けています。
2011年より電子書籍の出版を開始しました。

※当ブログ内の写真、テキスト等の
無断借用、転載などは固くお断りいたします。

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