五海ゆうじ写真通信80

「永山則夫と足立正生」

1993年、PSFから出された友川かずきの「花々の過失」
このアルバムは私に様々な驚きを与え、そして発見させた。
友川の言葉(詩)、歌唱方法、そしてもう一つ
アルバムの最後に永山則夫が作詞した「黒い花」が収録されていることだった。
エー、やはりといおうかなんといおうか。。。。

1968年~1973頃、まぁ、もう、遥か前、私の若かりし頃でありますが、
横浜の場末の街の片隅で住み込みで働き、
その後、日雇いの立ちんぼで工場等で働き、
そして、とあるプロダクションの暗室マンに潜り込んでいくんですね。
その時代、世の中は騒然とはしていた。
そして、若者達は世界に叛旗をひるがえし街を駆け抜けていた。
そんな連中に共感する部分と反感を持つ部分を胸に持ち、
ただただ黙々と歩き、ジャズ喫茶でジャズを聴いていた。
そんな時代、私の支えといおうか、愛読書といいましょうか、
一冊の本があったんですね。
1971年に出版された永山則夫の「無知の涙」
永山則夫の生きて来た道は、
田舎を出て、ある意味ですが、
都会に翻弄されていた私にとって他人事ではなかった。
永山則夫は米軍宿舎から盗んだ拳銃で4人を射殺し、1969年逮捕される。
逮捕された時の年齢は19歳10ヶ月、私はその時20歳だった。
そしてその事件に誘発された足立正生は、
永山則夫が辿った道をカメラ(映画)を持ち、歩き、
風景映画の可能性を示した「略称、連続射殺魔」を撮る。
音楽は富樫雅彦と高木元輝が担当(ISOLATION)。

先日、「間章、読書会」にゲスト出演した折り、
このアルバム「ISOLATION」を聴く機会を得たが
(迂闊にも私はこの演奏を聴いていなかった)
これは、よい。今でも力を持ち続けている。

「花々の過失」は、私にそんな事を思いださせてくれた。
そして、その後、
PSF(生悦住さん)は友川のアルバムを立て続けに出していく。
そして、私は「ワルツ」と言う曲にも出合うことができた。
こんな歌を唄っているやつがいたのか、
その歌は、移り行く時代に背を向け、
自分を見つめ続ける彼の強靭な意思をも感じさせる。

1997年8月1日
永山則夫、死刑執行

写真は「夢の足跡」
新幹線より 広島~博多間
新幹線・大阪~広島

新幹線より小倉付近
新幹線・小倉付近

2014/12/5
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iikonodon

Author:iikonodon
広告写真を撮りながら、花と植物、街と人、の写真を撮る作業を続けています。
2011年より電子書籍の出版を開始しました。

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