五海ゆうじ写真通信107

「師走と音楽」
12月に入ってから、とうとうダウンしてしまった。
そしてです、総合病院で精密検査まで受ける羽目になってしまい、
まぁ、結果は異状なしでありましたが、
一週間ほど寝込むという事態に陥ってしまったんですね。
これも、年か、と勝手に納得して、まぁ今に至っている訳でして、
しかしです、こう酒があまり飲めない状態ではあります。
正月が間近いというのに。。。。

と言う理由をつけて、仕事を半ばほっぽりだして、なんですかね、
ぼーとして音楽を聴いたりしとるのです。
この師走何を聞いているのかというと、
ブラームスの交響曲とシューマンのピアノ曲であります。
ブラームスなんていうのは聞いても退屈なだけ、
ブラームスファンが聞いたら盛り狂いそうな。。。
まぁ、そんな感じでいたんですね、
ところが、これもSchurichtのせいといおうか、
クラシックの師匠が貸してくれたCDの中にSchurichtのブラームスがあった。
なんか聞けちゃうといおうか、
ヘー、これがブラームスね、いいじゃないの、と言っていたら、
ブラームスの交響曲全集が師匠からとどいたんですね。
そういう訳でここのところブラームスをですね、聴いとるのです。
で、シューマンは、
ブラームスを聞いていたら、シューマンのピアノ曲が聴きたくなり、
それではとアマゾンで検索したら、ポリーニのBOXCDがあった。
それをですね聞き始めたんですが、これがなかなかよくて、
この師走はブラームスとシューマンを聴きながら終ろうとしています。

写真はフォトアドバイスの実践講座「身近な風景」から
ご近所の風景、子供の情景2景
17_653_道3

18_16_342_DSC0252道

2016/12/30

五海ゆうじ写真通信106

「野菜と石」
フォトアドバイスというところで、
写真に関する教材のようなものを制作し始めて、
早や5年、
ここはWEBを通じてDVDの販売をしていたんですね、
私が参加した頃は、まだまだ細々とDVDを一枚出したばかりで、
WEBの広告をみれば、
「なんだここは!」と思わせるようなところだった。
まぁ、それでも若い社長、といってもまだ会社組織でもなかったから、
責任者というところですね、が面白く、
まぁ一本DVDでも作ってみるか、とやり始めた。
一本目は「写真概論」というなんかとてつもないタイトルでありました。
それと「花撮影」、これは、なんせもう長く花と付き合っていた私にとっては、
アイデアは湧き出てくるもの、
私が参加した時、他に二人のカメラマンも参加してきて、
責任者のような人と私達3人計4人でスタートすることはした。
いろいろと紆余曲折、それでもDVDが思いのほか売れたりして、
何よりも受講生が増え、といことは、
こう私達の喋る事を聞いてくれる人達がでてきたって事で、
今にいたっている訳でありますが、
でです、今は何をしているかというと、
WEB上で実践講座、写真のですよ、を始めているんですね、
これの肝は同時にphotodaysというSNSを立ち上げ連動してやっている。
これが自分でもいうのもなんですが、おもしろい。
私の実践講座も4本となり、今5本目を制作中であります。
5本目何を作っているかというと、
「身近な風景Ⅱ 視点を探る」というものです。
そこで、おくばせながら「野菜と石」が出てくるんであります。
スーパーで売っている野菜、道端に転がっている石ころ、
その中にです、
サルガドの「GENESIS」に負けず劣らずの風景が潜んでいるのだよ、
といような講座であります。
ほんまかいな。。。。

写真は石2景
02_20161122155004fdb.jpg

03.jpg

2016/11/22







































五海ゆうじ写真通信105

「家と痕跡」
今年(2016)兄の一周忌で境港へ行った。
私は出雲生まれで兄は3人いまして、その長男です。
何故に長男は境港に住んでいたか。。。
まぁ、そこに我が家の歴史の一端があるんですね、
母は、私を生むとすぐ死んでしまった。
そして母の故郷が境港だった。
母の父つまり私のおじいさんはですね、
おそらく1920年前後だったのではないかと推測するんですが、
これもおそらく出雲の方から自分の夢を実現するために
山陰ではもっとも大きな港境港へ向かった。
聞くところによるとその夢はですね、
何の目的かは図り知れませんが、東南アジアに行く事だった。
しかしです、これもままあることで、
境港で好きな女性ができ家庭を持つ事になった。
それでです私の母が次女として生まれた。
長男(私の叔父)は事業を起こし成功し、
境港で商工会議所の会長まで勤めるようになったんですね、
まぁ、そういう事もあり、
我が家の事情もあり、兄は叔父の会社に勤めるようになり、
家庭を持ち、そして骨を境港に埋めた。
で私ですが、まぁ、これもいろいろと事情があり、
境港の叔父の家によく遊びに行っていた、
というよりは行かされていたかも知れない。。。。

というわけで境港です。
今回それこそ何十年ぶりになる境港の街を歩いてみたんですね。
かって歩いていた駅からのメインストリートは、
ゲゲゲの鬼太郎一色になっている。
その通り歩きながら、これも町興しか。。。
なんて事を思いながら鬼太郎饅頭を食べつつ、
かってよく行っていた叔父の店件住居に向かった。
ゲゲゲの鬼太郎通りを進んで行くと植田正治写真館があり、
(これは改装され綺麗な記念館になっていた)
そこを右へ曲がって5軒先あたりにその家はあるはずだった。

あった。。。まだあった。
廃屋になりがらも、その家はあった。

写真は叔父の家2景
_035境港
5軒先あたりの白い看板が植田正治記念館
兄はそこにかってあった植田写真館で結婚式の写真を撮った

_033境港
住居用の入口



五海ゆうじ写真通信104

「SchurichtとHelen Merrill」
かってはですね、こう世に恨みつらつら街をただただひたすら歩き
写真を撮っていた時期、つまり若かりし頃でありますが、
クラシックのましてやオーケストラ、交響曲です、
なんていうのは聞く気もしなく、といおうか音楽ではない、
とまで思っていたんですね。
それがです、まぁいい加減といおうかなんていうか、
よく聞くようになった。
私のクラシック師匠二人なんですが、ほんといい耳を持っていて
いろいろな曲を紹介してくれるんですね。
その中で一人の指揮者を教えてもらった。
Carl Schuricht
始めはブルックナーの9番だったんですね。
それがよくてもう一人の師匠に話したら、
彼のベートーベンとモーツァルトもよいからとCDを貸してくれた。
でです、ここのところモーツァルトの交響曲を繰り返し聴いておるのですよ。
オーケストラってのはこうなんだと思いつつです。

でHelenMerriluはどうよ。。
それはです。。。
若かりし頃はですよ、ジャズだけが音楽だと、
まぁかように力強い偏見で聴いていた。
ジャズといってもいろいろありまして
ヘレン メリルなんていうのはジャズの風上にも置けない、
とこれまた力強い偏見を持っておったんですね、
それがまたまたであります。
何年か前、
友人の軽井沢の別荘でお互いかなりへべれけに酔っ払い話した後、
その友人が最近手に入れたからとヘレン メリルのレコードをかけてくれた。
それがですね、またよくて
「おー、いいじゃないか。。。」といったら
友人曰く
「いいだろう、お前は昔なんていっていた、ほんとお前はいい加減だよなぁ。。」
まぁしかしいいものはいいんで、
こんな形でヘレンメリルがこころに入ってくるとはです。
そう、こんな形で入ってくる音楽なんだと気が付いた訳であります。

写真は裏横浜2景
900.jpg

08.jpg

2016/9/4

五海ゆうじ写真通信103

「歴史と虚構」
船戸与一の「満州国演義」全9巻をほぼ一年をかけ読み終えた。
仕事を終え帰りの飛行機の中での数時間、
数ページしか読めないが本を開く、
それは本当に楽しい一時だった。
そのようにして読み繋いできた。
資料を綿密に紐解き物語(虚構)を積み上げていく。
その物語(虚構)はどんな歴史資料よりも歴史を語り、
歴史の中での人々の生活を伝えてくれる。
それはつまり作家の時代を見る視線と姿勢
そして想像力がものをいう。

以前にも書きましたが、
船戸与一は人生最後になるであろう小説の舞台に
何故満州を選んだのか、
今、この本を読むとそのメッセージが
私達にずっしりとのしかかってくるんですね。
愚かな政治家達が、
いいようにやれる時代をつくった今の日本への楔の一本、

そしてあとがきは次の言葉が引用され締め括られている
「歴史とは暗黙の諒解のうえにできあがった嘘の集積である」
ナポレオン・ボナパルト

写真は森を歩く2景
奥志賀林道
_211志賀高原

志賀高原にある池
09志賀高原電球-2

2016/8/6
プロフィール

iikonodon

Author:iikonodon
広告写真を撮りながら、花と植物、街と人、の写真を撮る作業を続けています。
2011年より電子書籍の出版を開始しました。

※当ブログ内の写真、テキスト等の
無断借用、転載などは固くお断りいたします。

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