五海ゆうじ写真通信94

「近くと遠く」

ここのところ仕事柄よく地方へ行く。
地方といっても小さな街ではなく大阪とか福岡でありますが。
それぞれの街が均一化されて来ているといっても、
よく見て歩けば、それはそれでその街の匂いが残っているところが、
まだたくさんあるんですね。
まぁ、それはそれとして、近くのことです。
今度フォトアドバイスで「身近な風景」という実践講座をやります。
実践講座といっても、
なんのこっちゃ、と思われる方がほとんどではないかと思いますが、
それに興味ある方はフォトアドバイスのページを覗いてみてください、
おっとととと、それは置いておいてです、
ここのところ崔監督との対談の事もあり、
アマチュア写真家の事をいろいろと調べていたんですね、
全国には、ほんと様々なアマチュア写真家がいる。
そして素晴らしい写真を撮っている人達がいる。
その人達のかなりの人達が
自分の身の回りの風景を撮る事から始めている、
というよりは身近な風景を撮っている。
そして、そんな風景を長年コツコツと撮る事で
記録の集積として私達の目の前に現れてくる。
そんな写真がですね、ほんとおもしろく、こう、私達を感動さすんですね。
例えば沖縄の山田實、
写真店を経営しながら戦後沖縄の日常を淡々と撮り続けた。
例えば佐渡島の近藤福雄、
戦前、自分の土地を切り売りしながら銀塩写真で佐渡島の日常を撮り続けた。
例えば鎌倉の竹腰眞一、
酒屋をやりながら1955年前後の自分の身の回りと自分が住む鎌倉の風景を撮り続けた。

そんな事もあり、
とにかくにも、とりあえず自分の身の回りをもう一度見てみよう、
そこにはきっとおもしろい被写体になるものがあるはずだから、
そんな実践講座をですね、作ってみたんですね。
この作業がです、けっこう面白かった。

写真は身近な風景
「出雲産張り子の虎」
張り子の虎

「ワンコウの首輪」
ワン公

2015/12/9








五海ゆうじ写真通信93

「渋谷と沖縄」

ここのところ仕事絡みで渋谷によく出ていく。
ときたま時間に余裕があるとき街をブラついて見たりする。
思えばですよ、
25才の時友人達と一緒に事務所を構えてから、
そうですね、25年ぐらいかな、渋谷を拠点にして動いていた。
まぁ、私の写真人生のほとんどですね。
事務所があったのは、渋谷から原宿に向かう明治通りの内側、
なんてたって渋谷一丁目ですよ
そして、パソコンとインターネットの普及とともに
渋谷の事務所を引き払った。
そんな渋谷ですから、今様変わりしたといっても、
かって知ったるなんとか。。。というぐらいですね。
身体に馴染んでいるといおうか、自然に足が動く。

それで、沖縄です。
私も何回か行っとるんですが、
なかなかシャッターがきれない、
東京に帰って見てみると、
ろくなのが写っていない。
こうなにか沖縄を前にすると、つい構えてしまう、というか
引いてしまうというか、
むつかしいところです。
しかしですね、沖縄の歌が好きなように、
やっぱ沖縄には、なにか魅かれる。

そこでです。
映画監督崔洋一さんと「shooting from okinawa」と題して
対談します。
なんてたって、崔さんは沖縄を題材にして3本の映画を撮っている。
そして実にですよ、沖縄行は180回に及ぶ。
そんな崔さんと話していきます。
11月14日15:00から横浜の教室で、
詳細申し込みはこちら
http://photo-advice.jp/ws_magic_2015q4.html

写真は久しぶりに渋谷を歩いた2景
fc2.jpg

fc.jpg

2015.11..6

五海ゆうじ写真通信92

「写真と無名」

高校を卒業して2年のブランクの後に写真学校に入る事は入った。
ところがです、当然といえば当然なんですが
写真学校に入るとカメラがいるんですね、
その事を私は知らなかった、
当然カメラは学校で用意してくれるものだと思っていた。
周りの学生達は全員がカメラを持っているんですね、
私は慌てて丸井へいってなんとか月賦で
ミノルタSR7(機種名はちょっとうろ憶え)を購入した。
まぁ、このカメラもすぐに質屋いきとなるんですが、
そんなこんなで私の写真生活はとにかくにも始まった。
そんな貧乏学生にですよ、先生が授業でいうには、
「写真をしていくのには家の財産を食い潰す覚悟をしてやれ」
とかなんとか言う、
そんな事を聞きながら、こう暗澹たる気持ちとウルセーコノヤロウ、
を同居させながら、学校に通っていた。
「何かを成すには、三つの要素がいる。
若い事、無名であること、そして貧しい事」
なんてたって毛沢東の言葉ですよ。
おー俺そのものじゃねーか。
いい事いうね。。。

えーと、毛沢東とは関係ないんですが、
アマチュア写真家の事をいおうと思っていた。
アマチュア写真家といえばですね、
一部の人を除いてほとんど無名なんですね、。。。。。。
そんな中で写真を撮り続けている人達が全国にいる。
その人たちの写真について
映画監督崔洋一さんと対談します。
どこまで話が切り込んでいけるか、
まったくもって解りませんが。
この対談3回に渡って開催します。
第2回は「shooting from okinawa」
第3回は、まだ内緒であります。
詳細申し込みはこちら
http://photo-advice.jp/ws_magic_2015q4.html

写真は薬膳料理(和快)2景
里芋料理
009薬膳

018薬膳

2015/10/8

五海ゆうじ写真通信91

「東京人とニッチ東京」

この名前、写真に詳しい人私と同年代で写真をやっている人は解る。
高梨豊のデビュー作(おそらく1960年代前半)と最近の写真集(2015)であります。
思えばです、まだ学生の頃、まぁ写真のほんの入り口に立った時です。
古本屋で「東京人」が特集されたカメラ毎日を見つけ喜びいさんで買った。
しかしですね、これがまったく理解できなかった。
なんでこれがよいの、おもしろいの。。。
そんな事を思いつつ写真を撮り始めていた。
しかしですね、こうある日突然といってもよいんですが、
高梨の「東京人」の写真が理解できたといおうか、
面白さが解ったんですね。
それは写真の面白さが見えてきたということでもありまして、
なにか驚きとともに嬉しさに浸った一瞬でもありました。
ところがです、
それと同時にその写真に惑わされるといおうか騙されるといおうか、
まぁ、つまり感化されたともいえるんですが、
その写真が私の写真から離れなくなった。
まぁ、単純に私が技術的に思考的に未熟であった、ということでもあるんですね。
そういう過程がありまして、
そうですね、プロダクションでの2年間の暗室と、
友達から譲り受けたブロニカ(6×6)で街を撮り続けることで、
なんとか、そこから抜け出せ、
自分の方法論を少しづつですが見つけていく事ができた。
まぁ、この頃には「プロボーグ」という
とんでもない、やっかいな問題も抱え始めていたんですが、
「プロボーグ」ってなんじゃい、
はい、それは今でも大切に持っている雑誌でありまして、
話せばまた長くなるんで、次に機会にでも。。。
それでです、「ニッチ東京」であります。
高梨豊の最新作です。
高梨豊の写真をみると、
ほんと写真の面白さが伝わってくる。
写真の細部までみる面白さ、風景の中に秘められた面白さ、
そして人の営みの面白さ。。。
これはもうたまらんですよ。

「東京人」が特集されたカメラ毎日、
渋谷の事務所に置いてあったが、気が付けば無くなっていた。
まぁ、あの頃事務所にはいろんな人がわりとフリーに出入りしていたからな。。

「夢の足跡」2景
島根県日御碕のウミネコの島
島根県日御碕うみねこの島

長野県奥志賀廃業したスキー場のゲレンデ
奥志賀 廃業したスキー場

2015/9/16



五海ゆうじ写真通信90

「寿町と反町」

横浜寿町といえば、名だたるドヤ街の一つでありまして、
普通の日でも、狭い地域でありますが歩くと
こう一種独特の雰囲気があるところです。
迂闊に、いい加減にといいましょうか、
決してシャッターを切ってはならない地域でもあるんですね。
そこのハローワーク前広場で毎年フリーコンサートが開催されている。
私個人としてはですよ
「なんでー」そんな感情をずーと持ってはいたんですね。
しかしです、
1979年から始まって今年で実にですよ、37回目となるんですね。
いろいろな問題を孕みつつもですよ、
これはもう主催者に敬意をはらうしかない。
それでです、今年は「渋さ知らズ」が出演するし、
「渚ようこ」も出演するというんで
行ってみようかと出かけたんですね。
会場への道は、
やはりといいましょうかちょっと違う空気が流れている。
しかし会場は若い人、年寄もいましたよ、で熱気に溢れていた。
ただですね、このあたりを根城にしている人はそんなにいない、
それはそれで手作りのコンサートらしく、
なにかいろいろと記憶が蘇ったこともあり、楽しい一時でありました。
でです、何が記憶の中から蘇ってきたかというとですね、
横浜の反町で過ごした2年間です。
反町といえば寿ほどではないにしても、
元青線と言われていた地帯でですね、
雨の降る真夜中、呑み屋から素っ裸にされた客が放り出される、
というような所でもあります。
そんな所にあるタコ部屋のような家に寝泊まりしながら、
必死に這い上がるための金を貯めていた。
つまり学校にいくための金です。
このタコ部屋、人生の吹き溜まり、
なんせ音楽を聴くために買ったトランジスタラジオが買って一週間後には
2,3軒先の質屋のショウウインドに並んでいた。
なんて事もあったりして、共産党のオルグ員、とか
様々な連中が出入りしていたんですね。
人と人の混沌と喧騒の中での生活、それはそれで、
今から思えばですがほんと面白い所だったんではないかと、
ここで過ごした2年間が私の大学であったかもしれない。
まぁ、そんな事を思いだしたりと。。。
そして、そんな生活の中で唯一の楽しみは、
野毛にある「ちぐさ」へ行ってジャズを聞く事だった。

話は戻りますが、寿フリーコンサートで一人の人と出合った。
杉田誠一さん、元「JAZZ」誌編集長をしていた人だ。

写真は「夢の足跡」2景
名古屋市中村区開店前の商店
名古屋中村区開店前の商店

福岡空港待合室
福岡空港

2015/8/16
プロフィール

iikonodon

Author:iikonodon
広告写真を撮りながら、花と植物、街と人、の写真を撮る作業を続けています。
2011年より電子書籍の出版を開始しました。

※当ブログ内の写真、テキスト等の
無断借用、転載などは固くお断りいたします。

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